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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)7379号 判決

原告

疋田滋

被告

有限会社西川運輸

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、二五八万三二四八円及び内二三八万三二四八円に対する昭和五八年一〇月一日から、内二〇万円に対する昭和六〇年七月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告に対し、五七四万三〇五〇円及び内四八九万三〇五〇円に対する昭和五八年一〇月一日から、内五五万円に対する昭和六〇年七月三日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟の費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五八年九月三〇日午後〇時一五分頃

(二) 場所 埼玉県川口市弥平四丁目一〇番一号先路上(以下「本件道路」又は「本件事故現場」という。)

(三) 加害車両 普通貨物自動車(練馬四五ほ二〇五三号)

右保有者 被告有限会社西川運輸(以下「被告会社」という。)

右運転者 被告大島慶喜(以下「被告大島」という。)

(四) 被害車両 原動機付自転車(足立区を六三九四号)

右運転者 原告

(五) 事故態様 原告が埼玉県川口市朝日町方面から領家方面に向けて進行中、本件道路を同方向に進行していた加害車両が本件事故現場先交差点(以下「本件交差点」という。)を東京方面に左折しかけたため、その左脇を走行していた被害車両の右前部に、加害車両の左前部を衝突させ、原告を転倒させた(右事故を、以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

(一) 被告会社の責任

(1) 被告会社は、加害車両を所有し、これを自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う。

(2) 被告会社は、被告大島の使用者であり、本件事故は、被告大島が被告会社の業務に従事中、後記過失によつて惹起したものであるから、被告会社は、民法第七一五条第一項の規定に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う。

(二) 被告大島の責任

本件事故は、被告大島が、本件交差点を左折するにあたり、あらかじめ方向指示器により左折の合図をし、道路左端に寄つて徐行したうえ、左後方の安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、左折する直前になつて合図を出し、十分に道路左端に寄らず、また徐行もせず、後方の安全を十分確認しないまま左折した過失により発生させたものであるから、被告大島は、民法第七〇九条の規定に基づき原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う。

3  原告の受傷及び治療の経過

原告は、本件事故により左肩甲骨骨折等の傷害を負い、昭和五八年九月三〇日から同年一一月二〇日まで五二日間河合医院に入院し、同月二一日から昭和五九年一二月一五日まで二三九日間同病院に通院して治療を受けたが、治癒せず、昭和六〇年一月二一日症状固定の診断を受け、左肩関節に頑固な運動痛が持続し、機能障害として可動領域が健側の三分の二以下に制限される後遺障害が残つたが、右後遺障害は自賠法施行令第二条別表後遺障害別等級表(以下「障害等級表」という。)第一一級以上の後遺障害に相当する。

4  損害

(一) 治療費 一万二五五〇円

原告は、前記河合医院への通院治療費として右金額を支出した。

(二) 付添費 二万八五〇〇円

原告は、入院後手術のため妻節子の介護を要し、同人は、日給三五〇〇円の仕事に就いていたところ、少なくとも五日間勤務先を早退して原告の看護にあたつたから、これによる損害額は、合計八五〇〇円となる。

また、妻節子が原告の介護のため前記病院に通うにあたり二万円の自転車を購入した。

(三) 入院雑費 五万二〇〇〇円

原告は、前記五二日間の入院期間中、一日当たり一〇〇〇円以上の雑費を支出した。

(四) 休業損害 一一〇万円

原告は、本件事故当時、訴外稲村印刷株式会社に勤務をしていたが、本件事故により、昭和五八年一〇月から同年一二月まで三か月間休業を余儀なくされ、その後、昭和五九年一二月一五日まで通院治療したが、その間会社の昼休みに通院したり、残業ができなかつたため、従来より賞与が一割程度減ぜられ、給与も昇給が一割程度据え置きとなつた。原告の本件事故前三か月の収入は、月額平均三四万円を下らなかつたのであるから、これを基礎に原告の休業損害を算出すると、一一〇万円となる。

(五) 逸失利益 六四七万〇九〇四円

原告は、前記後遺障害により、症状固定日から一〇年間、二〇パーセントの割合で労働能力を喪失したから、前記収入を基礎に、新ホフマン式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して、原告の逸失利益の現価を算定すると、その合計額は、次の計算式のとおり、六四七万〇九〇四円となる。

340,000×12×0.2×7.94=6,470,904

(六) 慰藉料 三五〇万円

本件事故の態様、原告の前記受傷の内容・程度、入通院の経過及び前記後遺障害の内容・程度等の諸事情を考慮すると、原告の被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては、傷害分として二〇〇万円、後遺障害分として一五〇万円が相当である。

(七) 損害の填補 二四九万円

原告は、本件事故による損害賠償として、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から二四九万円を受領した。

(八) 弁護士費用 五五万円

原告は、被告らから損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その報酬として右金額を支払う旨約した。

5  結論

よつて、原告は、被告ら各自に対し、本件事故による損害賠償として、前記損害合計九二二万三九五四円の内五七四万三〇五〇円及び内四八九万三〇五〇円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五八年一〇月一日から、内弁護士費用五五万円に対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年七月三日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、(一)ないし(四)の事実は認め、(五)のうち、加害車両が左折しかけ、被害車両と衝突し、原告が転倒したことは認める。

2  同2の(一)のうち、被告会社が加害車両を所有していること、被告会社が被告大島の使用者であることは認めるが、その余は否認し、被告会社の責任は争う。

同2の(二)の事実は否認し、被告大島の責任は争う。

被告大島は、本件交差点を左折するに当たり、方向指示器により左折の合図をして、左右の安全を確認しつつ徐行して左折しようとしていたのであり、後続の被害車両はバツクミラー及びサイドミラーによつても確認できない位置にあつたものである。

3  同3のうち、原告が本件事故により、受傷したことは認め、その余は不知。

4  同4のうち、(七)の事実は認め、その余は争う。

5  同5の主張は争う。

三  抗弁

1  過失相殺

原告は、先行する加害車両が左折の合図をして、徐行しながら徐々に左端に寄つていつたのであるから、一時停止するか、減速して加害車両が左折するのを待つて進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、右合図を見落としたか、無視して、減速せずに漫然と進行した過失により、本件事故を発生させたものである。

したがつて、原告の損害額の算定にあたり、右の原告の過失を斟酌し、過失相殺をすべきである。

2  損害の填補

原告は、河合病院入院中の治療費として一〇七万八七〇〇円を要したが、右治療費については、自賠責保険から八〇万円、加害車両加入の任意保険の保険会社である安田火災海上保険株式会社から二七万八七〇〇円が支払われ、損害が填補されている。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は、否認ないし争う。

2  同2のうち、自賠責保険から河合病院に八〇万円が支払われたことは認め、その余は不知ないし争う。

五  再抗弁

被告らは、原告との示談成立前に前記任意保険で原告の治療費を支払つたものであるから、本件事故に基づく損害賠償に対する過失相殺の権利を放棄したものであり、被告らの過失相殺の主張は権利濫用ないし信義則違反である。また、治療費については、一般的に過失相殺することは許されない。

六  再抗弁に対する認否

過失相殺の放棄、権利の濫用、信義則違反の主張は、いずれも争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実のうち、(一)ないし(四)、(五)のうち、加害車両が本件事故現場で左折しかけ、被害車両と衝突し、原告が転倒したことは、いずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、成立に争いがない甲第七(乙第一〇号証に同じ)、第八(乙第四号証に同じ)、第九(乙第一一号証に同じ)号証、乙第二、第三、第七、第一三号証、原告、被告大島各本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。

1  被告大島は、被告会社の配送業務のため加害車両を運転し、川口市の渡辺洋封筒から足立区新田一丁目にある被告会社の得意先である王子ダンボールに赴くべく、本件道路を埼玉県川口市朝日町方面から領家方面に向けて進行中、本件交差点を東京方面に左折するため、同交差点の手前約二五メートルのところで時速約一〇キロメートルの速度に減速して方向指示器によつて左折の合図を出したが、十分後方の安全確認をしないまま、本件道路左端に寄つていつたため、左後方から同車を追い抜きにかかつていた被害車両に本件交差点の手前約八メートルのところで加害車両左前部が接触し、原告が被害車両もろとも左前方に転倒し滑走していくのを認めたため、加害車両を本件交差点手前の横断歩道上に停車させたが、原告は左前方約九メートルのところに倒れ、加害車両は左前方約一二メートル(原告の転倒位置から更に先約三メートル)のところに横転した。本件事故当時、加害車両の前方及び後方には被害車両のほか走行車両はなかつた。

2  原告は、埼玉県鳩ケ谷市にある同人の勤務する稲村印刷株式会社の工場から、その午後零時から同零時四五分までの昼休みの間に足立区鹿浜七丁目にある自宅で昼食をとるため、帰宅途中本件道路を前記朝日町方面から領家方面に時速約二五キロメートルで走行していたところ、右前方にブレーキをかけて減速して走行していた加害車両を認めたため、一旦同車の後方において減速し、更に同車が停止するものと思つて一時停止をしたが、直前にある本件交差点の信号機が青色で、しかも同車の左側歩道の縁石との距離が一・五メートル以上空いていたため、同車を左脇から追い抜こうと進路を変更して加速し、同車の左脇、歩道の縁石より一・二メートル離れた車道部分に入り込み同車と並進したとき、同車前部の方向指示器が左折の合図をしているのを認め、かつ同車が進行方向に向かつて左に寄つてきたため、同車前部と加害車両の車体とが接触し、被害車両もろとも転倒した。

3  本件道路は、本件事故現場付近において、幅員九メートルの片側一車線の道路であり、朝日町方面に向かつて本件交差点から三〇メートルほど先から左に緩くカーブをしている。右車道の両側には二・七メートルの歩道があり、右歩道の車道側には縁石が設置されている。右縁石の本件交差点より朝日町方面の本件事故現場付近の同方面からみて左側の縁石には本件事故後二箇所の擦過痕が認められた。

4  加害車両は、車幅が一・六九メートルで、本件事故当時荷台に積み荷はなく、本件事故後、加害車両の左前バンパー及び左側ドアの高さ一メートルのところには軽微な擦過痕があり、加害車両のバツクミラー及びステツプ等が小破していた。

右認定に対し、原告が作成した交通事故現場見取図である甲第一〇号証及び原告本人尋問の結果には、加害車両と被害車両は、本件交差点手前で一〇メートル程並進し、同交差点に進入した直後、加害車両が突然左折したため衝突した旨の記載ないし供述部分がある。しかしながら、右供述、記載部分は、叙上認定に供した各証拠、なかんずく、前掲甲第八号証、乙第一、第三号証によれば、原告は加速して加害車両の左脇を時速約二五キロメートルで追い抜いて直進しようとし、一方被告大島は左折するため減速して時速一〇キロメートルで進行していたと認められること並びに原告本人尋問の結果によれば、右にいう衝突場所は、原告が転倒したのち転倒した状態で見た加害車両の停車位置から推定したものにすぎず、また、原告は、加害車両との衝突箇所などについては明確な記憶を有していないことなどの諸点と対比して、たやすく採用することはできず、他に前記認定を覆えすに足りる証拠はない。

二  そこで、被告らの責任について判断する。

1  被告会社の責任

被告会社が加害車両を所有していたことは当事者間に争いがなく、他に特段の事情の認められない本件においては、被告会社は、加害車両を自己のために運行の用に供していた者であると認めるのが相当である。したがつて、被告会社は、自賠法第三条の規定に基づき原告の損害を賠償すべき責任がある。

2  被告大島の責任

前記認定事実によれば、本件事故は、被告大島が、加害車両を運転して、本件交差点を左折するにあたり、左後方及び側方の安全を確認すべき注意義務があるのにこれを怠り、左後方及び側方の安全を十分確認しないまま左折のため道路左端に寄つていつた過失により発生させたものというべきであるから、被告大島は民法第七〇九条の規定に基づき原告の損害を賠償すべき責任がある。

三  次いで、原告の受傷及び治療の経過について判断する。

原告が本件事故により、受傷したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実、成立に争いのない甲第二、第一一号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故により左肩甲骨骨折等の傷害を負い、昭和五八年九月三〇日から同年一一月二〇日まで五二日間河合医院に入院し、同月二一日から昭和五九年一二月一五日まで二三九日間同医院に通院して治療を受けたが、治癒せず、昭和六〇年一月二一日症状固定の診断を受け、左肩関節に頑固な運動痛が持続し、機能障害として可動領域が健側の三分の二以下に制限される後遺障害が残り、右後遺障害につき自賠責保険の査定により障害等級表第一二級に該当する旨の認定を受けたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

四  進んで、原告の損害について判断する。

1  治療費 一〇九万一二五〇円

成立に争いのない甲第一三号証の一、第一五号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、原告は、河合医院入院中の治療費として一〇七万八七〇〇円を要したこと、右のほか原告は、同医院への通院治療費として一万二五五〇円を支出したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

2  付添費

証人疋田節子の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告の妻である疋田節子は、本件事故当時、パートとしてレストランに勤務し、日給三五〇〇円の収入を得ていたところ、原告の入院中、少なくとも五日間勤務先を早退して原告の看護にあたつたことが認められるが、原告の介護のため近親者の付添いが必要であつたとか、右看護により同女の収入が減少したことを認めるに足りる証拠はないから、原告主張の付添費の損害は認めることができない。

また、証人疋田節子の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第六号証によれば、節子は、原告の介護のため河合医院に通うにあたり、その交通手段として二万円で自転車を購入したことが認められるが、近親者の介護が特に必要であつたとは認められないうえ、他の交通手段やこれに要する金額などと対比して、自転車を購入しなければならない必要性があつたと認めるに足りる証拠はないから、ひつきよう、右自転車購入の費用は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできないものというべきである。

3  入院雑費 三万六四〇〇円

弁論の全趣旨によれば、原告は、前記五二日間の入院期間中、一日あたり七〇〇円を下らない金額の雑費を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

4  休業損害 一〇七万円

前記認定事実、前掲甲第九号証及び原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三号証の一、原告本人尋問の結果により原本の存在と真正な成立が認められる甲第三号証の二、三によれば、原告は、本件事故当時、稲村印刷株式会社に勤務をしていたが、本件事故により、昭和五八年九月三〇日より同年一二月まで三か月間休業したため、その間一〇二万円の給料(月給三四万円)の支払いを受けられず、また、昭和五八年下期賞与を五万円減額されたことが認められ、右各認定を覆えすに足りる証拠はない。したがつて、原告の休業損害は、一〇七万円となる。

なお、前記認定事実によれば、その後、原告は昭和五九年一二月一五日まで通院治療したことが認められるが、その間会社の昼休みに通院したり、残業ができなかつたことにより従来より賞与が一割程度減ぜられ、給与も昇給が一割程度据え置きとなつたと認めるに足りる証拠はない。

5  逸失利益 三三〇万五一三四円

前記後遺障害の内容・程度その他前記諸事情を総合すると、原告は、右後遺障害により症状固定日から七年間一四パーセントの割合で労働能力を喪失したものと認めるのが相当であるから、前記月額三四万円の収入を基礎に、ライプニツツ式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して、原告の逸失利益の現価を算定すると、その合計額は、次の計算式のとおり三三〇万五一三四円(一円未満切捨)となる。

340,000×12×0.14×5.7863=3,305,134

6  慰藉料 三〇〇万円

本件事故態様、原告の前記受傷の内容・程度、入通院の経過及び前記後遺障害の内容・程度等の諸事情を考慮すると、原告の被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては、傷害分及び後遺障害分を合わせて三〇〇万円をもつて相当と認める。

7  過失相殺

前記認定事実によれば、原告は、前方直近の本件交差点の信号機が青色を表示していたにも拘わらず時速約一〇キロメートルの低速度で進行している加害車両を認め、かつ、同車とその左側の車道側端との間隔は約一・五メートルしか空いていなかつたのであるから、同車の動静を注視し、漫然と同車の左側からこれを追い抜くような運転方法を避けるべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と時速約二五キロメートルの速度で進行して同車を左側から追い抜こうとしたことにより本件事故を発生させたものと認められるから、右原告にも過失があるというべく右過失を斟酌すると、原告の損害賠償の額を三割減額するのが相当である。

よつて、原告の前記損害額の合計八五〇万二七八四円から三割を控除すると、その残額は五九五万一九四八円(一円未満切捨)となる。

なお、原告は、被告らは原告との示談成立前に任意保険により原告の治療費を支払つているから、これにより過失相殺権を放棄したものであり、また、過失相殺の主張は権利の濫用ないし信義則違反として許されず、さらには、一般に治療費について過失相殺することは許されない旨主張するところ、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一五号証によれば、被告会社が契約していた任意保険から河合医院に二七万八七〇〇円が支払われたことが認められるが、証人疋田節子の証言と弁論の全趣旨によれば、原告が河合医院に対する治療費を支払わなかつたため、同医院が直接保険会社に対し治療費を請求して、その支払を受けたことが認められるのみならず、交通事故の加害者側が契約していた保険会社が被害者である原告との示談成立前に損害の一部である治療費の支払いをしたとしても、そのことから当然に加害者側である被告らが被害者である原告の請求し得る損害額の全体についての過失相殺権を放棄し、あるいはその後の過失相殺の主張が権利の濫用もしくは信義則違反にあたるものと認めることができないことはいうまでもなく、また、一般に交通事故による損害賠償額の算定にあたり、被害者が被つた治療費の損害については過失相殺をすることが許されないものと解すべき根拠も見出し難いところであるから、右原告の主張はいずれも採用することができない。

8  損害の填補 三五六万八七〇〇円

原告が本件事故による損害賠償として自賠責保険から二四九万円を受領したこと、及び河合医院における治療費のうち、八〇万円が自賠責保険から同医院に支払われたことはいずれも当事者間に争いがなく、被告会社が契約していた任意保険から同医院に二七万八七〇〇円が支払われたことは前記認定のとおりであるから、前記損害額からこれらを控除すると、残損害額は二三八万三二四八円となる。

9  弁護士費用 二〇万円

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一二号証によれば、原告は弁護士である原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その報酬を支払う旨約したことが認められるところ、本件事案の難易、審理経過、前記認容額等本件において認められる諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては二〇万円をもつて相当と認める。

五  結論

以上のとおりであるから、原告の被告らに対する本訴請求は、本件事故による損害賠償として、被告ら各自に対し、二五八万三二四八円及び内弁護士費用を除く二三八万三二四八円に対する本件事故発生の日ののちの日である昭和五八年一〇月一日から、内弁護士費用二〇万円に対する本件事故発生の日ののちの日である昭和六〇年七月三日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容するが、その余は理由がないから失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条第一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤 小林和明 比佐和枝)

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